第5回 これはただの炭だ

どうもこんにちは。

自家焙煎珈琲パイデイアの「焙きながらするほどでもない話」第5回です。

前回からこのコラムの名前を少し変えました。「焼きながら」を「焙きながら」とちょっとだけ改題しました。「焙く」という字は完全な当て字です。

珈琲を焙煎することに「焙く」という当て字を思いついた時は、なんて発明だ!と、LOVEに「愛」という造語を当てた文明開化期の思想家になったような高揚感。言葉を造ることは、概念を成形し、記号を与える行為、何とも知的で教養的な営みではありませんか。自分でもそんな営みに参加するなんて、明六社に名前を連ねたような気分です。

そんな気分で、わざわざ頭の中にテロップをこしらえて、「焙煎」と打ってから「煎」の字を消して、「く」という送り仮名を打って造る「焙く」に変換する作業をしてから「よし、今日も焙くぞ!」と焙煎を始めました。

その日はご注文頂いた焙煎とは別に、グアテマラを230℃で3通りの設計図で焼いてみる試作の予定がありました。22分くらいを目安に230℃まで上げていくつもりで、同じ焙煎時間、焙煎温度、で焼いている最中の温度の変化と時間をどれくらい変えると、味にどれくらいの変化が起きるのか、というのが今回の試作の目的でした。

序盤に一気に温度を上げて焼き上げる設計図や中盤に時間をかけて終盤に一気に焼き上げる設計図など、焼き上げるまでの過程を計算し、グラフ化して設計図を作成して、試作します。

これは難しい話なのですが、火力を上げれば、その分だけ焙煎機の温度が上がりそうなものなんですが、実際の焙煎はそんなことがありません。火力を上げてもなかなか焙煎機の温度が変わらなかったり、逆に火力は変えていないのに、温度が上がるどころか下がることもあります。

私の師匠たるオーナーに話を聞いてみると、外的なエネルギーである火力と豆が本来持つ内在的エネルギーの掛け合わせで焙煎機の中の温度が決まるから、小手先の火力だけでどうこうしようなんてまだまだ素人だね、と笑われながら言われたことがあります。

つまり、いくら計算してグラフ化した設計図で火力を調整しようとしても、豆の個体差で温度の上昇率は変わってきます。机上の温度にするには豆のご機嫌を伺いながら、焙煎機の回転数を変えることで焙煎機内の排気を変えたり、いろんな調整をしていきます。

この日はどういうわけだか、なかなか思うように温度が上がらない。

230℃で焼きあげたいのだが、19分あたりになっても200℃にもならない。何とか1ハゼを迎えても、2ハゼが来ない。温度も上がらない。

20分。205℃を行ったりきたりしている。火力を全開にしても1分間で5℃しか上がらない。

21分。本来ならば、220℃を超えていて欲しいのに、210℃にも達していない。焙煎機の回転数を下げてゆっくりにしてみるものの、上昇率もさほど変わらず。

22分。焼き上げたい時間。温度は210℃。20℃も足りない。焙煎時間をもう1分半延ばして、焙煎温度を227℃に3℃下げてみることに。(焙煎時間の10秒や焙煎温度の1℃は焙きあがる珈琲の味を大きく変えるものです)

23分。温度は217℃。あと30秒で13℃は上がらない。こうなったら、もうなるようにしかならない。

私の中でちょっとしたリミッターが外れたようで、よし、こうなったら、どれだけ時間がかかってもいいやな、230℃で焼くだけ焼いてみようと、焙煎機を回し続けることに。

結局、230℃にたどり着いたのは27分を過ぎた頃。設計図よりも5分も遅れた頃でした。

焙煎機から出てきたものは深煎りすぎた珈琲豆ではなく、もはやただの炭でした。

深煎り特有のコーヒーオイルすらない、カッサカサで真っ黒の小さな炭でした。

珈琲を焙煎することに「焙く」なんて当て字を当てましたが、出来上がったのが炭ならばそれはただの「焼く」です。

何が文明開化だ。何が明六社だ。概念を形成して、記号を与えるだ?たいそうなこと言いやがって。

そういうわけで、「焙く」から「焼く」に戻った話でした。

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